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ラジオ体操

今朝、久しぶりにつれあいがラジオ体操をしようと言う。もう午前中とはいえ、テレビでもラジオでも体操はとっくに終わっている時間帯だが、わが家にはラジオ体操のビデオテープがある。それをかけて、第一と第二体操を続けてやった。

若いころは、ラジオ体操など、体操ではなく、遊び程度に考えていた。ところが、ある時から、しっかり体操なのだということを実感している。体操をしたあとに筋肉痛がでたり、また体操のお姉さんと同じようにしているつもりで、似て非なるものなのだ。

しかし、ラジオ体操とは、よくできた体操だと思う。その普及の程度がすごい。日本国民、あるいは日本の公立小学校を卒業した人間は、みんなこのラジオ体操ができるのではないだろうか。
ペルーの日本大使公邸占拠事件のときも、運動不足解消や気分転換のため、捕虜になった日本人はラジオ体操をしていたと聞いた。

アフリカのコンゴにいたときのことだ。ある学校を、体操の授業が行われているときに訪問したことがある。体操といっても、校舎をでて、屋外に整列し、なにかしら、先生の指導で体を動かしているというだけだ。
その時、ひらめいた。日本のラジオ体操を導入したらどうかと。

日本に一時帰国したとき、ある新聞記者の方にお目にかかり、そんな話を雑談でした。その記者は、面白い、と言って、NHKからラジオ体操のビデオテープを10本ほど手に入れてくださった。コンゴに持ち帰ったが、そこではたと気付いた(気づき方が遅い!!)。学校にビデオの再生装置がないことに。

あちらの学校は、ナイナイ尽くしで、テレビもビデオの再生装置もなにもない。ラジオだってないかもしれない。それにビデオのシステムも違う。学校への普及はできないが、ご近所にいらっしゃる日本人のシスターにこんな失敗を話すと、ぜひ、そのビデオをくださいとおっしゃる。修道院でお使いになるのだそうだ。
彼女は日本の再生装置を持っており、使用可能だ。修道院のシスターたちも高齢化時代となり、運動しないから、肥満高血圧など、慢性的な病気にかかりやすいとか。
(体操とか、運動をきちんとするというのは、一種のぜいたくな行為であることにアフリカで気付いた)
せっかく、記者の方から頂いたもの、少しは役に立てなければと、もちろん差し上げた。

ラジオ体操は、もう体に染みついているようだ。10歳年上のつれあいもちゃんとできるから、「明治時代からあったのかしら」とからかうと怒られるが、戦前(太平洋戦争であって、応仁の乱ではない)から普及していたようだ。
キンシャサに赴任して、世情は不安なまま、外出は車、散歩にも出られないといった状態の時、ベランダに出て、ラジオ体操をすることにしたのだ。音楽もなく、二人で「ちゃんちゃかちゃん」とメロディーを口ずさみながら、どうにか最後まですることができた。

日本がどうにかまとまっていっているのも、言語が一つということもあるけれど、こういう存在も大きいのかと認識したり、国旗・国歌といったおおげさなものではない、日常的な体操のようなものでも、国民が一体化できるものがあればいいのに、とも思ったのが、記者の方に話した一理由でもあった。

そのシスターも、35年の海外宣教の任務をこの6月で終わられるそうだ。あの修道院で、ラジオ体操が普及したかどうか、お帰りになる前に伺ってみよう。
ルブンバシにいらっしゃるシスターには、パソコンで再生できるように、DVDをお渡ししたけれど、そちらもいくらかコンゴ人に教えられただろうか。

いつか再訪でき、「ちゃんちゃかちゃん」のメロディーが聞こえたりしたら、どんなにうれしいだろう。
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